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福島の復興と放射線についての授業

7/24~26まで福島の復興と放射線についての授業を午後に実施しました。本校では毎年実施しています。

  

◎参加者

本校希望生徒50名

担当:本校物理教員
ゲスト: 南相馬市立総合病院 坪倉正治先生(7/24のみ)

 

◎目的

授業目標 放射線とは何か知り、福島県の現状について把握すること。そして放射線の知識を土台として、現在の福島県の課題(廃炉、除染と除染土の処理、風評被害・偏見)を科学的・社会学的に分析し、自分の意見を持てるようになること。

 

◎授業内容 (各50分程度、授業内容は毎日同じ)

① 放射線の基礎 : 放射線の正体、単位と測定法、原発の原理
② 放射線の実験 : 放射線の性質の理解(線源の測定や距離・遮蔽実験を通して)
③ 福島の現状  : 放射線の生体への影響、現在の福島の線量や食品検査の結果
④ 福島の課題  : 現在の原発の様子と課題、風評被害とその原因
⑤ 福島の努力  : 避難指示解除地域の現在、福島の人の震災後の努力   

⑤の最後には「自分たちの子どもの世代に、東日本大震災(地震、津波、原発事故)の教訓として何を残すか」についてグループ内で話し合い、まとめました。夏休みの課外後の夕方にも関わらず、生徒たちは一生懸命に考えていました。


また、7/24は南相馬市立総合病院坪倉正治先生が特別に来校してくださり、震災直後の状況などをお話いただきました。
事故後4か月でホールボディーカウンターを準備したこと、でも測定できる人数は限られていて極限の状況だったことなど、
現在の「安心が当たり前」な状態に至るまでの経緯などの貴重なお話を、参加者は関心を持って聞いていました。

 

生徒の感想を一部載せます。 

・福島でどのような努力をしているのかを改めて知ることができた。福島で起こったことが「悪い風化」を受けずに記録・記憶として残るとよいと思った。自分は探究のテーマを「復興」にしているので今回の授業を役に立てて探究を進めていきたいと思った。 (1年男子)

・それぞれの意見があったが、自分でしていきたいことはみんな「語り継ぐ」ことだった。小学生にどうやって教えていくかとても難しいと思うけど、福島県内だけではなく県外の小学生に正しい知識を伝えていきたい!何より愛する福島の正しい現状を知ってほしい! (1年女子)

・浜通りに絶対行きたい。そして、福島県に生まれたからこそ福島のことを大切にして、福島のために働きたいと思った。 (1年女子)

・福島県が食材などにしていた努力を知ることができました。農家さんたちが大変苦労し努力していたことに感動しました。今でもそういった努力が知られず、誤った情報が出ていますが、私はこの授業で得た知識を、県外の友だちや、旅行で胸を張って正しい情報として発信したいです。 (1年男子)

・モニタリングポストの問題は難しい問題だと思う。国は取り払おうとしても、周囲の住民からしたら心配や不安の面もあるので、簡単に取り払うことができず、社会的に考えることを要求されていると分かった。 (2年男子)

・私は福島県で生きていて、「復興」という言葉を聞きながら、私たちの安全のための放射線の測定・検査を当たり前のように考えていたけど、そこには多くの人のとてつもない努力があり、私たちの「安心な福島」を作っていることを知りました。(中略)福島といえば「原発」「放射線」と考えがちですが、福島の問題は放射線だけではなく、むしろ精神面や今後どう復興していくかなど、単に放射線を避け検査を続ければよいということではないことにはとても驚かされました。そして、風評被害はとても深刻な問題です。福島にいる人でさえ正しく理解できていないのが現状で、他県や他国が福島の安全性について知るのは難しいかも知れません。人はあくまで1人の人間で、やはり自分自身のことを考えると、福島を避けてしまうのもわからなくはありません。でも、これからもいろいろな形で情報を発信するとともに、私も今日学んだことを伝えていきたいと思います。多くの人の努力の結晶である福島の今を論理的なデータを通して伝え、人々が求める心理的な安心を満たせばよいと思います。私は福島で震災を経験しましたが、自分では震災・原発の影響を強く感じることはあまりなく知識も希薄でした。しかし私は、私の立場で福島についてとらえることができると感じるようになれました。もちろん被災者のみなさんの経験は想像を絶する比べ物にならないものだということは確かです。でも、考え方を少し変えれば、私のように「大丈夫だった」福島県民も大勢いて、震災・復興について最も学びやすい環境にあるということだと思います。

また、自分が思っていることと現実は時に異なり、(原発の誤解のように)物事を自分の目でしっかり見極めることの重要性は肌で感じられます。このように、福島でこの経験をしたことはかえって「チャンス」といえると思いました。これをきっかけに福島や自分をとりまく世界のことを見つめなおして自分のできる行動をしていきたいです。
(2年女子)

・原発が必要か否か、原発建屋のがれきはどう処理するのか、中間貯蔵は本当に中間なのか、処理水はどうするのか、例えば100年後もろもろの処理が済んだ後、あの土地の利用、経済、地域社会をどうしていくのか、まだまだ考えても考えきれないものが多々あると、改めて実感した限りです。 (2年男子)

・この授業を聞いて、あまりにも自分の知識が少ないと思った。もっと、正しい情報を県外の人に知ってもらいたいし、県内の人も「放射線」についてだけではなく、「福島」についても知るべきだと思う。本当にたくさんのことを知れてよかったです。 (3年男子) 

・正しい情報を伝えたことに対する批判があったということを初めて知り、それでも強い意志を持って伝え続けていきたいということに感動を覚えました。私が今できることは本当にごくわずかかもしれないけれど、今後社会に出たときに、浜通りのために、福島県のためにできることを自ら発見し、積極的に行動していきたいと思いました。 (3年男子)

・実は僕は  から避難しています。(中略)放射線についてもこのような境遇だからこそ人よりも少しは関心があり、知っていると勝手に思っていましたが、今回の授業を受けてまだまだ知らないことがあることに気づかされました。検査やモニタリングポストについても深く考えさせられました。風評被害についても本当に心が痛くなりました。農家や漁業に従事している人の努力と苦しみを知り、もっともっと社会にその努力と安全性を知ってほしいと感じました。また、「福島」という地にまだまだ誤解が多くあることも悔しいです。(中略)復興は簡単ではありません。そんな中でどれだけ努力してきた人がいるか、苦しんできた人がいたか、どういう問題があるのか、福島にいる限り、いや福島にいなくても知るべきだと強く思いました。そのためにもこの授業は非常に意義のあるものだと思いました。この授業で学んだことを周りの人にも伝えて、もし誤解している人がいたら正しいことを教えてあげ、福島を守っていきたいです。福島に生まれたこと、生きてきたことを本当に誇りに感じます。そしていつかはどんなに変わってしまっていても、やっぱり故郷は故郷、  に絶対帰りたいです。 (3年男子)